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トロイメライ

なんだかなぁ・・

22日の夜にインフルエンザ発症しちゃいました。
確かに朝からちょっとだるいかなぁ、と感じていたんですが。

その日の昼は院のTA関係の人たちとお昼食べたりしてました。
食欲はめっちゃあったんですけどねぇ。
偉い先生方のおごりだったので遠慮もせずに好きなもの食べて飲んでました。

あ、でも午後からプレゼンもあったんで絶対休めない!ってどっかで思ってたんでしょうか。

学校が終わってからは高校時代の友達と2年ぶりに会ったり、と結局ばたばた動き回っていました。
夜ごはん食べた後から急激な寒気、関節の痛み、鼻水などの症状が出て「こりゃいかん」ってことで早めの解散になってしまいました。
本当はもっと話したかったんですけどね・・

家に帰った後熱を計ってみると38.1度・・わぁ。
時期的にインフルエンザかな・・とは思っていましたが。
時間が経つにつれて関節が痛くなる・・あんなに痛いとは思いませんでした。
ほとんど寝れないまま朝を迎えてしまうことに。

23日、天皇誕生日ですね、祝日で体調は本当に最悪でしたが痛む体を引きずり休日でもやってる病院に行ってきました。
待合室で熱を計るとなんと39.1度・・ここまで来るとテンション上がりますね本当。
記念に写メでも撮ろうかと思いましたがあっという間に看護士さんに体温計を取られてしまいましたとさ。

あ、診てもらった医者はイケメンでした(笑)
無駄に話を長引かせてごめんなさい。変なテンションだったんです。

検査の結果はやっぱりインフルエンザA型でした。
で、タミフルを処方されて、今ではほとんど熱も下がっています。

にしてもクリスマス・イブだってのに・・予定だってあったのに・・
まさか寝て過ごすことになるとはなぁ・・

まぁ、たまにはいいか・・・。

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講演会

今日は深井晃子先生の講演を聞きに行きました。
深井先生は服飾の専門家でとても著名なお方です。
現在は京都服飾文化研究財団でキュレーターをなさっているそうです。



講演のテーマは「パリモードとジャポニスム」

ジャポニスム(Japonism)とは19世紀後半、日本の開国後に欧米で広がった日本の芸術文化のことです。

1860年あたりから、最初は絵画に影響が表れます。
モネの「睡蓮」などはいい例じゃないでしょうか?
他にはホイッスラーやドガ、ゴッホなど。
装飾ではエミール・ガレ、ティファニーなどにその影響が見られます。

モネ「睡蓮」
モネ「睡蓮」

1867年にはパリ万博が開かれ、日本が正式に参加しました。日本のパビリオンでは日本家屋が再現され、日本人が着物で文化を説明したようです。

日本の工芸品(浮世絵、上部、着物)も欧米に流出しはじめます。
ゴッホの「タンギー爺さん」では老人の背後に浮世絵が描かれていますが、この浮世絵はゴッホ自身が所持していたものです。
タンギ爺さん
ゴッホ「タンギー爺さん」

「Le Japon Artistique」という雑誌にも日本の着物や浮世絵を紹介しています。

パリ・モードにも着物の影響がみられます。
西洋風に着物を着こなしたり、着物をほどいて、新しく作り変えることもなされました。

ナポレオン3世のイトコであるマチルダ皇女も着物風のドレスを所持していました。

菊・朝顔・菖蒲・竹・家紋など文様の引用もされました。
ルイ・ヴィトンのモノグラムも日本の家紋の影響を受けている可能性があります。
(モノグラムが発表されたのは1896年で、その時代はジャポニスムが流行していた時期でした。)

第一次世界大戦を経て、女性の立場が変化します。それに伴い、服装も機能性、開放性が求められるようになります。

着物というのはほとんどが直線の布で作られています。洋服は反対に、体にフィットするように曲線が多いのです。

服に開放性を持たせるために直線の布で洋服を作られるようになります。
また、それはコルセットからの解放でした。

異文化を受け入れるということはそこがレベルの高い文化、そして異文化の方も同じようなレベルの高さをもっていることが必要なのです。



日本文化が欧米に受け入れられたのは当時の日本文化も高い水準を誇っていたということでしょうかね?


以上、雑にまとめてみました。


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復活

更新しなくなって4か月・・・
いや、暇はたくさんあったんですけどね。

そろそろ復活してみようかなと。

書くことがあんまりないんで院でやってる勉強の方もこれから書いてみようと思っています。

とりあえず今週は薔薇とユリの花についてのレポート書くつもりです。
キリスト教との関係がメインですけど。

「恋しい人、美しいのはあなた
 わたしの喜び
 わたしたちの寝床は緑の茂み
 レバノン杉が家の梁、糸杉が垂木
 わたしはシャロンのばら、野のゆり」
(旧約聖書「雅歌」一章十六節・二章一節 乙女の歌より)

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